2011年9月30日金曜日

JG19日目「この世で一番大事な『カネ』の話」

ずっと読みたかったこの本、師匠の一人に頂きました。
ていうか「よりみちパンセ!」シリーズの理論社潰れてたんですね。。新装版のこの本を手に取って初めて知りました、帯に書かれているマンガでネタにされているのが、さすがサイバラさんといった感じ。

(僕は結構昔、アジアでしちゃかちゃやってた時の"サイバラリエコ"の印象が強くて、なかなか最近の暖かい系の映画や本に手を出せずにいるのですが)

エッセイとしての本だと、内容が比較的自分に引き寄せた形になってしまうのはご容赦を。



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第1章 
どん底で息をし、どん底で眠っていた。「カネ」がないって、つまりはそういうことだった。

まず印象的なのは、西原氏の2つの故郷の対比だ。
幼い頃を過ごした港町はのどかで「人って気候がよくて食べる物に困らなければ、お金なんかそんなになくたってカリカリしないで暮らしていけるものなのよ」と語る一方、その後母親の再婚で引っ越した工業団地の街は「何か理由があって怒っているというよりは、いっぱいいっぱいの生活のしんどさがお母さんたちを常にイライラさせていた」と表現している。

彼女の地元は窓が割れ、すっぱい臭いが立ちこめる、歩けば床がベタベタする、きちんと風呂にも入れない浮浪者のような子ども達が走り回りる、そんな「戦場のような世界」
戦後の焼け野原ではない、さながら発展途上国。
暴力、窃盗、シンナー、乱交、「貧困」と「さびしさ」から抜け出す事の出来ない連鎖。そして父親の自殺。

「やれば出来る」なんて、カッコ良くて無責任な言葉を軽々しく投げつける大人たちに、マイナスの世界の住人は何を問うのだろう。


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第2章
自分で「カネ」を稼ぐということは、自由を手に入れるということだった。


西原氏は高校3年の時に友人と飲酒をし、退学しろと詰め寄られた際に裁判を起こしている。正直、「飲酒程度で退学?」と思う人も少なくないだろう。
なぜ、そこまで特に素行が悪かった訳でもない彼女に対し、高校側がそこまでの判断をしたかは分からないが、彼女は徹底的に戦った、裏切る教師達に「生活がかかった大人の現実と汚さ」を見ながら。

父親の自殺後、家中の資産をかき集めて出来た140万円のうち100万を母親から渡され、背水の陣で上京した西原氏は、予備校での絵の成績は最低、つまり「ヘタ」だったという。

自分の実力と理想との差を、客観的に計る力を身につけた彼女の答えは以下のようなものだった。
「そもそも、私の目標は『トップになること』じゃないし、そんなものハナからなれるわけがない。じゃあ、これだけは譲れない、いちばん大切な目標は何か。『この東京で、絵を描いて食べていくこと。」
「自分の得意なものと、自分の限界点を知ること。『それなら、ここで勝負だ』って、やりたいこと、やれることの着地点を探すこと」
「最下位の人間には、最下位の戦い方がある!」

そして彼女は予備校時代から営業に周り、イラストカットの仕事を取るようになる。現場で必要だったのは、単に絵のうまさではなく、トークだけでもなく、相手が面白がる、必要とする事を敏感に感じ取り、喜んでもらうこと。
それが「『才能』って人から教えられるもの」という言葉に集約されている気がする。


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第3章
ギャンブル、為替、そして借金。「カネ」を失う事で見えてくるもの。

『まあじゃんほうろうき』というマンガがある。最近の映画化ヒットものを除けば、西原氏の著書の中でも結構有名な方だと思う。
当初は仕事として始まった麻雀も、10年でマイナス5000万円。ギャンブル中毒で死んだ父親がありながら、同じ道を歩んだ彼女を「愚か」と片付けてしまうのは簡単だろうか。

最終的に、そこまで堕ちていかなかった理由はここで「良き師匠」がいたからだとする。それは「ギャンブルは負けて当然。大人としての授業料を払い負け方を学ぶところ、マナーとラインを知るところ」というような価値観。
別の企画でFX投資に手を出し、一晩で何百万、何千万という金額が消える経験から、彼女はかつて漁師の街で知っていた魚の臭い、生活の匂いが染み付いた「お金」と、データ上の数値が変化するだけの「カネ」の違いを実感する。

手で触れることの出来る価値の幅が、人の金銭感覚を左右する。損したくない・得したい それだけが中心になってしまう経済は、人間関係のセンスをも蝕んでいく。
「子どもにマネー教育を」という声には、僕は簡単には賛同しかねるが、良くも悪くも僕たちの社会を流れる血液のような存在「お金」に、無頓着ではいられない。


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第4章
自分探しの迷路は、「カネ」という視点を持てば、ぶっちぎれる。

西原氏は、学生時代にアルバイトをしてお金を稼ぐということに大いに推奨している。お金の重み、叱られるという経験、社会のしょっぱさ。
同時に、働いていく中では沢山、自分の心に嘘をついたり、我慢しなきゃいけないことがある、そういう事が日本の自殺者年間3万人という数字に繋がるのなら、「逃げちゃってもいい」とも言う。

もちろん、一時的な避難場所はずっと担保されている訳じゃない。そんな社会の中で、何の仕事をして生きていくのか。以下の彼女の言葉は非常に参考になると思う。

「カネとストレス」「カネとやりがい」の真ん中に、自分にとっての「バランス」がいいところを探す。それでも、もし「仕事」や「働くこと」に対するイメージがぼんやりするようならば、「人に喜ばれる」という視点で考えるといいんじゃないかな。
自分が稼いだこの「カネ」は、誰かに喜んでもらえたことの報酬なんだ。そう実感することができたら、それはきっと一生の仕事にだって、できると思う。


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第5章
外に出て行くこと。「カネ」の向こう側へ行こうとすること。

この本の最後の章には、フィリピンと同じようなカンボジアのスモーキーマウンテンと、グラミン銀行の事例が紹介されている。

貧困の連鎖で最も恐ろしいのは、「思考停止になってしまうこと」そして「諦めてしまうこと」
それを断ち切る為に必要なのは、単なる自己責任論でも、施しでもない。でも、当事者の強い意識と、外の世界からの誰かの支えが必要なのは確かだ。

「人は生まれた環境を乗り越えることができるか?」
この本に一貫したテーマは、人が働いていくこと、誰かと関係して生きていくことの先にしか見えないのだと答えているように感じた。


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個人的雑感
Not for Profit だからこそ

正直、自分はしんどい程の貧乏を経験したことが無い。裕福だった訳じゃないし、家庭にはそうとうなストレスを頂いて、その後の人生がちょっと普通じゃないものになってしまったけれど、大学の学費も全て払ってもらった。
就職してからも、平均して20万強の手取り収入+年3回ボーナスという今時破格の待遇。一人暮らしの家と車があって、それなりに財布の中身を気にせず外食も出来たし、たまに家具やPCも買えた。

1年前にそんな安定した仕事を辞め、28歳という「いい年」にして無職となった。
東京に行き、普通は学生時代にしか存在しない「インターン」という肩書きでいくつかのNPOを周り、それなりに得るものは多くあったと思う。

だけど、その経験は「資格」や「肩書き」に直接繋がるものではない、会社員時代の経験では、はっきり言ってビジネススキルなんてないに等しい。つまり、今の僕はこの資本主義社会で生きていくにはかなり不利な状況に追い込まれている。
将来のことを考えて、自ら追い込んだといってもいいかもしれない。

自分はかなりの現実/安定志向だ。
将来はビッグになりたい訳じゃなくて、家族で穏やかに暮らしていきたい。だけど、その為には会社に依存せず、自分の手で、力で飯を食っていく力が必要になる。
自分をきちんと経営し、誰かに感謝され、必要とされる仕事をしていかなければならない。同時に、次の時代を切り開いていきたいなら、今はお金にならない仕事も創っていかなければならない。

実家で最低衣食住は保証されているから、今のところ携帯代と社会保険さえ払えれば何とかなってしまう部分もあって、とにかく、ぬるいなと自分で思う。
新しい金融や、寄付市場の更にその先。ソーシャルキャピタルだけで生きていける「お金なんて無くなくたって」を証明しようと思うなら、今の僕はもっと「カネカネ」言わなければならない。

勝つための戦いではなく、負けないために。

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